編集後記 第26号
 

 2016年4月に発生しました熊本地震の犠牲者および遺族の皆様に哀悼の意を表するとともに、被害に遭われた方々に衷心よりお見舞い申し上げます。熊本のまちが一日も早く復興し、被災された方々が心穏やかな日常を取り戻されますことをお祈り申し上げます。

 2016年5月、同性カップルに結婚に準じた法的権利を認める法律がイタリアで成立し、ヨーロッパでは「婚姻の平等化」がほぼ実現する形となりました。また、大統領選に揺れるアメリカでも、自らの性自認に応じてトイレや更衣室を利用できるとの指針が示されるなど、世界におけるジェンダーレス化の動きは加速しつつあります。ジェンダー問題をめぐる世界の趨勢は 女性の権利擁護や男女平等化の促進にとどまらず、ジェンダーそのものを相対化する新たな段階に入ったといえますが、一方で日本では 少子化を背景とする出産「奨励」の動きや繰り返される政治家の「失言」が物語るように、結婚や出産を自由意志で選び取るという当然の権利がおろそかにされている印象は否めません。婚姻の平等化を、婚姻権ないしは婚姻の自由まで拡大してとらえるとき、そこには当然ながら「結婚しない自由」が含まれます。今こそ、そうした原点に立ち返る必要性を感じつつ、『女性史学』第26号をお届けします。
今号には、論文3本と研究ノート1本を掲載することができました。小西洋子氏の論文「能登国永光寺の尼と中世在地社会」は、永光寺を開いた登山門下の尼僧たちを、地域社会との関係性のなかに位置づけたものです。草創期の永光寺を支えた女性の寄進を、「在地領主層の家が形成され、そこに女性が包摂されるまでの過渡期特有の現象」ととらえ、彼女たちの存在が教線拡大を目指す僧や寺を地域社会に結びつけたことが明らかにされています。杉村使乃氏の論文「イギリスの雑誌に見る第二次世界大戦下の女性像」は読者層の異なる三つの雑誌を、イメージ(表紙)と言説(記事)に注目しながら考察したものです。主な分析の対象となる制服姿の女性たちは、男性に代わる戦力として、少女の憧れの存在として、そして男性の性的対象としてさまざまに表象されました。こうしたメディアの力を通して、幅広い年齢層および階級の女性たちが、総力戦をともに戦う「国民」として統合されていく様が描き出されています。ファン・ハイ・リン氏の論文「アジアの歯黒圏における文化とジェンダー」は、中国、日本から東南アジア、インドを含む「アジアの歯黒圏」をベトナムと日本の事例に即して考察しています。原料や工程の比較検討、ベトナムでのインタビューなど様々な手法を取り入れながら、歯黒の文化的、医学的背景や女性の「美」に対する認識の変化に迫るものです。とりわけ、日本における歯黒の風習が、ベトナムを含む南方の文化と、その後に流入する中国文化の影響を受けながら成立・発展したとの指摘には興味深いものがあります。
また、八谷舞氏の研究ノート「映画Suffragetteに見る女性史叙述の諸問題―女性の動機(motivation)と主体性(agency)をどう描くか―」は 映画評というユニークな形をとりながら、女性参政権運動に携わった人たちの動機や主体性の問題に迫っています。戦闘的手段も辞さないサフラジェットに比べ、これまであまり注目されてこなかった穏健派の女性運動家たち、さらには 運動から距離をおいた保守派の女性たちの声を拾い上げる必要性を説くなど、女性参政権運動のみならず女性史叙述そのものが抱える問題を鋭くついています。
このほか、シンポジウムの記録には 鹿児島、岩手、そして被爆地広島をフィールドとする地域女性史の試みと、ザルツブルクで開催されたLGBTフォーラムでの刺激的な討論の報告が寄せられました。また、2本の問わず語りと、戦時下の性をめぐる話題作をはじめとする10本の書評、3本の新刊紹介も得ました。いずれもローカル、グローバルとさまざまな方向に展開する昨今の女性史研究の広がりと深化を実感させてくれるものばかりです。ぜひご味読ください。(文責:林田敏子)